ほんの5%

本の5%、生活のなかの ホンの5% を切り取るブログ

本を読まない人は酸欠。読んでもなにもしない人は過呼吸。

本を読まない人が増えています。

本を読まない人は、行動力がありません。

なぜか?

本を読まない人は酸欠だから。

本を読んでないから濃い知識、情報を持ってないからです。

知識の酸欠で息苦しくて動けません。情報の酸欠で動けないんです。

ここで、なぜ本を読んだ方がいいのかを延々と語ってもいいんですが、たぶん本を読まない人には伝わらないのでやめます。

なので、本を読んでいるけど実践していない人について綴ります。

 

本を読んでもなにもしない人は過呼吸。

知識・情報の過呼吸への対策は、

目的と手段の再確認と自己矛盾の解消。

 

ぼくもそうなんですが、本をたくさん読む人は本を読まない人を見下す傾向があります。

「ロクに本も読んでないくせに何言ってるんだ。」と

しかし、本を読んでもやらない人は本をまったく読まない人といっしょです。

何もやってないなら大差なし。他の人を見下すぶんタチが悪いともいえます。

 

では、なぜ実践しないのか。

ぼくの経験上、本を読んでもやらない理由は2つ。

  • 読んだだけで満足している
  • 本を読みすぎて自己矛盾を起こしている。

どちらも知識を溜め込みすぎて過呼吸になっている状態です。

適切に対応しないと、ますます動けなくなります。

 

読んだだけで満足している。

これは完全に目的と手段を見失っている状況です。

本を読むこと自体が目的になってしまい、何かを成し遂げるために本を読んでいる感覚が薄くなっています。

本を読む目的は「この本はここがおもしろかった。ここは物足りなかった。」と評価することではありません。

「これなら実践できそうだ。」を見つけることです。

 

本を読みすぎて自己矛盾を起こしている。

いろいろな本をたくさん読んでいると正反対の意見にぶつかります。この正反対の意見を両方とも好きな作家が書いていた場合。どちらの意見も捨てがたい状況です。

ぼくはこの状況が長らく続いています。今、まさに自己矛盾との格闘中です。

たとえば、ぼくがすきな作家、千田琢哉さんの

死ぬまで悔いのない生き方をする45の言葉 (宝島SUGOI文庫)のなかに

静かに燃え続けられる人は、「なるほど」という口癖がある。

どんなに自分が経験したことのない未知の世界の話題をふられても、「なるほど」といったんは飲み込んでしまう。

なぜなら世の中は自分の知らないことだらけで、知っていることのほうが遙かに少ないことをよく知っているからである。

という内容があります。

これを読んですかさず、

「なるほど。これからは『なるほど』を口癖にしよう。」

ときめました。

しかし、もう1人のすきな作家、中谷彰宏さんは

もう一度会いたくなる人の話し方 (PHP文庫)のなかで

まじめに聞いている人は「エッ?エッ?」と混乱します。

「なるほど」と言われたら、「わからなかったけど、まあいいや、適当に」と流されてしまったのです。

聞き手が「なるほど」と言った時は、流されてしまった時です。

聞き手が「なるほど」と言う時は、「もうこれで、あなたの話は聞かなくて、十分です」となった時です。

 と書いています。

一体ぼくはどうすればいいのか?

両者の意見が食い違っているじゃないか。

 

自己矛盾への対策

自己矛盾の解決法は、いまだ模索中です。

しかし、ひとつの案として

両者の意見が対立しないように解釈をかえる

を試しています。

 

上記の例でいえば、

千田さんの言い分は、

「なるほど」ということばで、相手を受け入れなさい。

 

中谷さんの言い分は、

「なるほど」ということばで、聞き手が話を飲み込もうといてる。

 

微妙なニュアンスはちがいますが、若干ちかくなった気がする。

少なくとも、まるで正反対ではない。

 

結局、ぼくは「なるほど」を使うことにしました。